サイトゥーン聖母事件

1968年5月5日付アハラーム

ザイトゥーン聖母事件(the Virgin Mary’s apparition in Zeitoun)。エジプトの首都、カイロ市内のザイトゥーン地区にあるコプト教の聖母教会に聖母マリアが姿を見せた事件。
 最初の目撃は1968年4月2日未明のことで、最初に聖母の姿を目撃したのは、当時向かいにあったバスの車庫の職員たちで、彼らは教会のドームに光り輝く女性の姿を見つけた。女性の姿は手にオリーブの枝を持っており、光を発しながらドームの上を歩いており、彼らはこの姿を聖母マリアと考えた。
 以後教会の周囲に集まった大群衆の前で、聖母の出現や光る雲や鳩のような形の発光体などが発生し、目撃者ののべ人数は数百万とも言われる。目撃者の数だけから見れば史上最大の聖母事件である。
 出現の場である聖母教会はザイトゥーン地区のトゥーマン・ベイ通りにあり、1925年にイスタンブールにあるアヤ・ソフィア寺院を模した形で建設された。この教会が完成した数年後、聖母マリアがある人物に姿を見せ、自分は40 年後にこの教会に現れるとして、1968年の事件を予言したとも言われる。
 事件を調査したコプト法王庁は1968年5月4日、聖母マリアの出現は真実であると認め、目撃者の病気が治癒される事例も相次いだ。翌日の国営日刊紙『アル・アハラーム』は聖母出現を写したとされる写真も掲載した。
 聖母マリア出現は3年以上続き、最後に目撃されたのは1971年5月と言われている。

【評価】
 ザイトゥーンの聖母事件は数ある聖母出現事件の中でも非常に特殊なものである。
 聖母マリアの目撃は有名なルールドやファーティマはじめ、世界中で報告されているが、実際に聖母マリアの姿を見ることができたのは、特定の者に限られている。
 ルールドやファーティマ、ポンマンやメジュゴリエ等他の場所での代表的な事例でも、噂を聞いて大勢の群衆が現場に集まったが、聖母の姿を見ることができたのは幻視者とも言うべき事件の中心人物のみである。
 しかしザイトゥーン聖母事件、そしてそれ以後に起きたシュブラ(1986年)やワラーク(2009年)など、エジプトの聖母事件では、不特定多数の群衆がその姿を目撃するという現象が繰り返されている。
 さらにザイトゥーンの場合、40年前の聖母出現とからんで予言めいた話も伝えられている。
 ザイトゥーンの場合、事件からは 60年近くが経過し、現場で改めて証言者を発掘する作業は容易ではないが、より最近のショブラなどの事例については、実際にエジプト人目撃者からいくつか証言を得ることができた。物的証拠はないものの、やはり何らかの奇妙な現象が生じた可能性が高いようだ。
 それがいったいどういう現象なのか、正確なところは不明としか言いようがないが、もしこの事件の原因を何らかの群衆心理によるものとするなら、背景としていくつか指摘できる点がある。
 まずはザイトゥーン聖母事件の発生が、 1967年の第三次中東戦争の直後であるということだ。
 第三次中東戦争は、一名「六日戦争」とも呼ばれ、呼び名の通りわずか6日でイスラエルの大勝利に終わった。敗戦国エジプトの国民だけでなく、アラブ世界全体が意気消沈していたこの時期に聖母マリアがエジプトに現れたことは、いくらかなりとも国民を勇気付けるものであったろう。一部には、政府がこの聖母事件の背後にいたとの陰謀説まで唱えられている。
 イスラム国家であるエジプトに聖母が現れた点については、イスラム教においても聖母マリアは特別な地位を与えられており、崇拝の対象になっていることが指摘できる。
 イスラム教は、イエスを神の子とは認めていないが預言者の一人としては尊敬しており、その母マリアも女預言者として尊敬されている。『コーラン』第19章は「マリアの章」とも呼ばれ、聖母マリアの言動について、『聖書』に書かれていない事跡を記している。
 またエジプトには、コプト教徒と呼ばれる独自のキリスト教の宗派が少数宗派として存在している。
 「マタイによる福音書」第2章第13節から15節にかけて、このように記されている。
「占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。『起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。』ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた」
 こうしてイエスの父ヨセフと母マリアは、生まれたばかりのイエスをつれて一旦エジプトに避難した。つまりエジプトはイエスの家族、聖家族が実際に滞在した場所であり、エジプト国内で聖家族が滞在したと伝えられる場所には必ず教会が建てられている。そしてザイトゥーン聖母教会も、そうした由緒ある教会の一つである。しかしローマ・カトリック教会は、聖家族のエジプト滞在をほとんど無視してきたようだ。
 現在は教会の裏手、徒歩5分の所に地下鉄ハダーイク・ザイトゥーンができている。

【参考】
羽仁礼『新千一夜物語』三一書房
『The Virgin of Zeitoun(DVD)』The Church of Virgin Mary of Zeitoun

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