カトリーヌ・エリーズ・ミュラー

カトリーヌ・エリーズ・ミュラー(Catherine-Élise Müller)、1861~1929。スイスの霊媒。エレーヌ・シュミート(Hélène Smith)として知られる。
 ハンガリー人商人の子に生まれ、15歳から食料品店に勤務していたが、幻覚に見舞われるようになり、1982年頃から私的な交霊会を行うようになった。交霊会では、トランス状態になって自分の前世や火星の風景を物語ったり、サンスクリット語や火星の言語を話し、さらに自動書記により火星語のアルファベットを記したりもした。
 彼女の指導霊レオポルドは、前世ではカリオストロであったと述べ、またミュラー自身は前世においてインドの王女、そしてマリー・アントワネットであったという。
 1894年、彼女の交霊会に初めて出席したスイスの心理学者テオドール・フルールノア(1854~1920)は、以来その能力を研究するようになり、サンスクリット語らしき言語については、言語学の専門家にも照会した。その一人がスイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュール(1857~1913)であり、ソシュール自身も1897年6月20日、彼女の交霊会を訪れ、この際ミュラーはサンスクリット語の歌なるものまで披露したという。
 しかしフルールノアは、1989年に出版した『インドから火星へ』の中で、彼女の火星語をフランス語に似た人工言語とし、また彼女が述べる火星の風景は、漆器に描かれた日本の風景がヒントになっていると示唆したため、以後両者の関係は悪化した。他方、フルールノアがこの著書で用いた「エレーヌ・シュミート」という偽名が有名となり、ミュラー本人も以後この名を用いるようになった。
 その後、エレーヌ・シュミートは心霊主義を信奉するあるアメリカ夫人から財産を贈与され、それをきっかけとして霊媒としての活動から身を引くが、晩年はトランス状態で見た光景を絵画として残した。こうした絵画は、彼女の死後ジュネーブ美術館に寄贈された。

【評価】
 心霊現象は大きく、物理的心霊現象と精神的心霊現象に大別される。
 エレーヌ・シュミートこと、カトリーヌ=エリーゼ・ミュラーが示した現象は、主に異言と自動書記、つまり精神的心霊現象である。初期にはラップやテーブル・ターニングも見られたが、エレーヌ・シュミートの名を現代まで留めているのは、彼女が前世の記憶からサンスクリット語を話し、さらにはトランス状態で火星を訪れ、その風景を語り、その言語を話したり筆記したりしたことによる。一部では「自動書記の女神」とも呼ばれているらしい。
 精神的心理現象の中には、遠方の風景の描写や失われた物品の探索という形で、客観的にその真偽が証明できる場合もあるが、火星の風景や火星語となると、当時の誰にも証明できなかった。もちろん、現代の天文学は、火星に言語を操るような知的生命体が存在する可能性を否定している。
 シュミートが話したサンスクリット語らしき言語についてはソシュールらの検証が行われているが、これもサンスクリット語と思われないこともない言葉が使用されているという程度のものだったらしい。
 他方、トランス状態で火星を訪れてその情報を持ち帰ったという点については、テレパシーにより異星人からのメッセージを受け取る形のコンタクティーやチャネラーの元祖的存在とも言えるだろう。
 また、シュミートが霊媒として活躍した時期は、アメリカのパーシヴァル・ローウェルが私財をはたいて天文台を設立し、「火星の運河」なるものを観測していた時期であり、世界的に火星の生命体に対する関心が高まっていたという時代背景も考える必要があるだろう。

【参考】
Theodore Walker Flournoy『From India to the Planet Mars』Forgotten Books
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru7.html
Understanding the Glossolalia of Hélène Smith, the Famous Spiritist Medium

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